方波見さんの豚肉

レモンソテー

幸せの豚の、チョロン

ポケットマルシェ初(たぶん)のTVCMが放映されたのはたしか2020年の春だったでしょうか。複数名の生産者さんが登場されていたそのCMで、わたしにとって一番印象的だったのが、方波見さん親子の映像でした。ポケマルのCMなので、「お客さんの声を直接もらえるのがうれしい」なんていうことを方波見さんのお父さんがおっしゃって、豚のお世話をする息子さんと、なにしろ本当に幸せそうな豚が映っている、という映像。

これに、「おっ!!」と思った、とっても印象的だったわけです。

コンクリートの加工をされていない柔らかそうな土の広がる放牧場で、泥遊びしたり日向ぼっこをしたり、気ままに過ごす豚たちが、徹底して幸せそう。豚に向ける方波見さんの目だって、見てそれと分かるほどに愛情深い。わたしが自宅の3匹の猫に向けるような、見境のない溺愛との性格は異なれども、それとこれの違いくらいはわたしでも分かる。

映っていたのは、方波見さん親子と豚の様子でも、「なにが映っていましたか」と質問されたら、わたしは多分、「満タンの愛情です」と答えるなぁとそう思う、そんな映像。

聞いてみたら、方波見さんの育てているデュロック豚はとにかく育てやすい品種ではなくて、ゆえにこそストレス回避のために兄弟の単位で育て、彼ららしい時間を過ごしてもらいながら愛情たっぷりに大きくしていくのだとか。

豚が本当に繊細な生き物で、ストレスでしっぽをかじってしまい、そこから雑菌が…というのは、大好きな漫画『動物のお医者さん』(佐々木倫子 作)を通じて知識としては持っていたけれど、方波見さんちのデュロック豚には、あの「チョロン」の尻尾がついている。

付いてりゃいいのかといえばそういうことじゃないのだろうけども、それはやっぱり、彼らの「寿命とは違う期限」のついた時間が、幸せなことの証拠なんじゃないか。

肉好きの身勝手

畜産農家さんや本当にきちんと食に向き合ってきた人にとって、畜産農家さんが家畜に愛情を注いで育てることは常識なのかもしれないし、愛情を注いでいることが常識なのではなくて、そういうケースもある、というのが常識なのかもしれない。けれどもなにしろ、わたしの肉食リテラシーは恐ろしく低く、どれくらい低いのかといえば、買ったお肉に畜産農家さんがつけてくださる「生前の(牛や豚、鶏や羊の)写真」を見ると、どうにもこうにも申し訳がなく、かといって「ありがとう」では、家畜に対して独善的な感じがして、では別の表現を授けることができるかというと、語彙力と言語化能力のほうの都合でそれも難しい。

そんなことで、ないまぜになった感情の形容の行き着く先が、「ひっくるめてちょっと困惑しています」と曖昧に困るしかない、それくらい低かった。

そこまで困惑するなら菜食でなんとかならんのかといえば、それはわたしの道義に対して適切ではなく、なによりも溢れる食欲に自分が勝てず、そういうなんとも言えない、己の食欲をコントロールするほどの覚悟もないけれど、やっぱりなんか、生きててごめん食わねばならんでごめん、加えて申し上げると、生きるために最低限を食べるというよりは美味しくて食べててごめんなさい、そんな気持ちになるのが「お肉」だったわけです(お魚については別の機会に)。

罪悪感から責任感へ

それがどうでしょう。丁寧にお世話される幸せな豚を見て、こんなに優しいまなざしを向けてくれる人たちにお世話をされて、こんなにのびのびと暮らすことができて、生きている間に窮屈さがなくて、ああ良かったねうれしいね、と、命をいただく身勝手をほっぽり出してそう思ったら、「ごめんなさい」と贖罪一辺倒だったものが、「最終走者、断固美味しくバトンをいただきます」の心持ちになった。命をいただく罪悪感から、前向きな責任感へのパラダイムシフト。

CMを見て感じたと思った「おっ」は、「おっ」じゃなくて「ほっ」だったのか。

幸せな豚を育てる方波見さんが救ってくれたのは、「食べる」ことへの生半可な覚悟に由来するわたしの心のザワザワであり、なによりも「定番の豚肉」をもてず豚肉ジプシーだった、我が家の食卓。

定番ローストポーク

Princessデュロック

方波見さんのデュロック豚のお肉は、とにかく味があって美味しい。もう少し言うと、脂が綺麗で脂の性質が優しくて、繊細で優美。風味の良いサラサラの脂と、噛み締めるたびにじわっと濃厚な味のする豚肉。見目麗しく知性があって、内面も美しいお姫様のような豚肉。

あんまりにも麗美なので、りんごのソースやニンニクや生姜といった各種スパイスで着飾ってみて欲しいとお願いをするのだけれど、塗っても着せても「外見だけを華美にすることに意味などないわ、婆や」と、そうたしなめられてしまう。終始一貫、力強いのに徹底して上品。なのでデュロック姫様の調理は常に引き算に引き算を重ねてシンプルにする。絶世の美女は結局、すっぴんが一番差分が分かるしお美しくていらっしゃいますね、といったような感じであって、コテコテ塗ればぬるほどそれなりに見える自分自身とはまるで違って。

ミランダ・カーは、Tシャツとデニムパンツにスニーカーで最高に美しいんだもんなぁ。

我が家の定番豚肉料理

塩昆布焼き

デュロック豚のバラブロックを、昆布と塩で煮ます。

あるいは、デュロック肉の肩ロース肉を、塩とレモンスライスとあわせて焼きます。

以上。引き算を続けた結果、結論はこんなシンプルに行き着いて、これが最高に美味しい。夫は夕飯の材料に方波見さんの豚肉を見つけると分かりやすく喜ぶし、小学生の息子は「美味しいね!」と必死で豚肉をほおばるし、時折デュロックの舞も踊る。ワインも進むし会話も弾んで、ああこういう家庭を築きたかったんだよなぁなんて、そんなことを思ったりもする。

幸せに過ごしてきた豚肉は、もう戻れないくらいに美味しくて、その「美味しい」がわたしたちに分けてくれる食卓の幸せは、それはそれは大きい。

チョロンの尻尾を思い出しながら、「いただきます」に心を込める。

今回の生産者さん情報