舘岡さんのボタンエビ

ボタンエビのマリネ

美味しそうな教科書

「『スイミー』って、おいしそうだったよね」と話して分かってもらえることがほとんどない。『もちもちの木』の豆太のモチも、キツネのごんが兵十の魚籠の中から盗んだ丸々太ったうなぎも、国語の教科書はみんな美味しそうだったけど、スイミーはダントツで美味しそうだった。

ロボットのようなエビ

砂糖菓子のような岩の上にはえている海草の森

ピンク色をした椰子の木のようなイソギンチャク

こんな描写を耐えられますか2年生が。

きれい!海の中、おいしそうキレイすごい!と感激してお腹がすいて、けど感想文に「わたしは、おいしそうだなと思いました」って書いちゃだめなんだろうなと、スイミーの勇気やら団結のナントカやら、思ってもないことを書いたけど。

30年近く前に「先生からの花丸を集めるゲーム」から引退したわたしは言いたい。

『スイミー』は、実に美味しそうなお話です。

理科の教科書も社会の教科書も美味しそうなもののひとつやふたつ載っていたけれど、国語の教科書の、中でも『スイミー』の威力はすごかった。

レオ=レオニの、赤を基調としたデザインのエビの絵。この美味しそうな海の仲間を、スイミーたちの逆襲を受けることなく捕まえて、お醤油をピョッとかけてペロッといただくにはどうしたらいいのかしらなんて、先生の話を聞かずに考えた。

「いくらでも食べていい」をわたしに

生産者さんから直接食材をいただくようになって、「kg単位」で食材を購入することが珍しくなくなってきた。Kg単位のゴボウ、Kg単位の牡蠣、Kg単位のトマトにKg単位のレモン。

「そんなにどうするのか」と、数年前の自分が信じられなかったような量で食材をいただいて、しかもそれを自家消費する。

Kg単位でお買い物をするケースにはいくつかあって

  1. 保存性の高い食材
  2. 旬が短い食材で送料もそこそこかかるので、いっぺんに多く買って冷凍保存して楽しみたい
  3. 大好きなあまりその尋常ならざる量をペロッと食べきるので大丈夫

このあたり。毎年北海道噴火湾の舘岡(たておか)さんご夫妻のを買うと決めているボタンエビは、3。

昔から大好物だったエビ、それもでっかくてツヤツヤの生のエビを、「いくらでも食べられる」という量。

やりたかった。授業中背筋をピンとしてないと背中と服の間に竹製の1m定規を突っこまれるというクレイジーなルールが牛耳っていたあの教室で、穴が開くほど教科書を見つめながら抱いたシュリンプパラダイスの夢。

でっかくぷりっぷり、クールでシャープなフォルムの鎧をまとった、つぶらな瞳の海の騎士をkg単位。

「美味しいものは少しだけ食べるから美味しいの」なんてことを大好きな婆ちゃんは言ってたけども、知性と品格を欠いた孫娘は、美味しいものをお腹いっぱいに食べたいの。

ボタンエビの昆布締め、簡単で好みに合わせられてうれしい

早押しか忍耐か瞬発力と食い意地と

もう出会って数年来になるこの舘岡さんの…「舘岡さん」って普段言わないからキモチ悪いな、ご主人の勇樹さんと奥様、志保さんのボタンエビは、わたしにとって幸福で美味なる春の使者。

大好きなボタンエビ、ポケマルの出品通知がきたらすぐにお願いしたい。売り切れる前にあの海の騎士様を注文したい!とやって、次にまもなくやってくる倍量の出品通知に膝から崩れ落ちる。

『金田一少年の事件簿』なら、よせばいいのに「殺人鬼がいるってのにこんなとこにいられないわよ!」とかなんとかやって、真っ先に犠牲者になる種類の、コモノ。

勇樹さんご夫妻に出会って1年目に、まんまと500gの出品に早押ししてしまったわたしは、その後2年続けて、2kgを待てずに1kgの早押しで己のせっかちと強欲に負け、今年こそ。

3度の敗退を経たわたしは学んでいる。

2021年、放たれた第一球目、1kgの出品通知はバットを振らない。見送り。

続く2球目、2kgの出品を芯で捉えてホームラン、歓喜に沸くわたしの胃袋スタジアム、ヒーローインタビューに答えるわたし、続く500gの出品を網膜の隅に映しながら、

「3年目、ようやくここまで来ました。皆さんのおかげです」、そこに届く噴火湾の絶品ホタテつきBBQセットの出品通知…!

おごるな愚か者めと、コモノめのウヌボレを厳しくご指摘くださるボタンエビ様。

この先こちらのボタンエビを購入される皆様におかれましては、どうかあまり慌てられませぬよう。

ヒーロー見参、漁師さん

30年近い昔と同じコンテンツでやっている教科書が大丈夫かどうか知らないけれど、母がよだれを垂らしたスイミーを3年前に通過し、小学5年生になった息子は、将来は漁師になりたいと言う。

わたしがポケットマルシェにお世話になりだしたのは、彼が2年生の頃。ほどなくして、それまでの「将来の夢:サッカー選手」から「漁師さん」に鞍替えした。

わたしは意地が悪いので、「『漁師という職業を選択すること』は本来目的では有り得ない、漁師になることを通して、君は一体なにを実現しなにを獲得したいんだい」

なんて詰め寄る。

  1. 漁師さんを増やしたい
  2. 技術を高めて美味しい魚を食べてもらいたい
  3. 命の大切さも伝えたい

得られたのはこんな回答。ホンマカイナ。いやソンナコトアルカイナ。なんと教科書的。なんと聖人めいた話じゃ。

己の半径5m以内に旨みのない目標を眉ツバで捉える癖がわたしにはあって、子どもにだってやっぱり「その心は」と問いかけたい。

漁師さんを増やすことでどんないいことが君に起こるのさ。

曰く、「ゆたかな水産しげんをいかせるようになる」。母、眉に唾の重ね塗り。

「それにさ、おいしい魚を食べてもらうのにも、魚のいいところを伝えるにも、仲間がいたほうがいいから」。

もし腹の底からそう思って言っているのなら、わたしと君は人間をやっている回数が違うみたいだ。どうやら輪廻の超初期段階の母、我が子にやや困惑を覚える。まぁいいや、次。

「2.美味しい魚を食べてもらいたい」についてはどうなんだい。

「うーん…おいしいお魚食べるとさ、にっこりしてもらえるじゃん!」お、ちょっと君の言葉になってきた。

で、一番遠そうな「3」。こりゃなんのことぞ。

「魚ってかわいいからさ、かわいそうだから食べないって気持ちもわかるんだけど、命をムダにしないようにおいしく食べるのが一番だっていうのを教えてもらって、オレはびっくりしたから!」

なるほど、「あなたがこの魚をかわいそうだから食べないという選択をしたとしても、この魚が海で泳ぐことは二度とありませんが、どうしますか?」と、カエルさんの絵の長靴を履いた1年生に迫ったことについては、わりと身に覚えがあります、スーパーの鮮魚売り場、塩鯖を前に。

そんな調子でとにかく彼にとってのヒーローは漁師さんで、なんせ命がけで海と魚に向き合う姿がかっこいいのだという。生きた魚はかわいいけど、漁師さんも命がけでやるんだからフェアだというのが彼の主張。

「高めたい技術」というのも、勇樹さんの活け締め、神経締め処理のようなことを言っていて、「お魚を最高の食材にするための技術」全般のことを指すようで。

そんなわけだから、勇樹さんは息子にとってのスーパーヒーローであるというわけ。

勇樹さんのスマホの待ち受けは息子の絵。独創性に溢れる「師」。漂う心もとなさよ

志保さんという生き方

生き方、と大げさなことを言えるほど深く長い付き合いになっていくのはまだまだこれからだけど、

生き方、というのが「生誕からこれまでの歩み」のみならず「いくらでも可変なこの先の歩み方まで含んだもの」と定義するならば、わたしは志保さんの生き方にとっても興味をもっている。

獲れたから売るだけじゃ、天気にも波にも左右される。自分たちだけいいのでは、結局水産業は衰退する。

だから水産業と噴火湾一帯全部を盛り上げなきゃいけないと、噴火湾のある八雲エリアで、コロナの影響から売れずに困っていたというネギと味噌に勇樹さんのタラをコラボして、愉快な商品名の鍋セットを売り出す。

ミズダコを一番美味しく食べるための薄切り加工に、それをもっとも美味しく食べるためのポン酢を道内から探し出す。

ホタテの殻を粉砕したシェルパウダーで、宗八カレイを干すし、今はタラの白子のチーズケーキ(!)の開発をしている。

商品名は、「鍋の呼吸壱の型、スケソウ」

これらを、しがらみと旧習と地場の暗黙のルールの中でやってのけ、出たり打たれたり、倍の力で打ち返したりしている杭、それが志保さん。

嫉妬や同調圧力を跳ね退けて、おのれ見ておれと、煮えるハワワタの熱量をエネルギーに変換しながら追い風も逆風も全部栄養にするアマゾネス。

道なき道を、自分と周りのために豪腕で開拓して、七転八倒したって九つめでガバッと起き上がるみたいな、起きあがりこぼし志保さんを、好きにならないわけがない。

噴火湾の活気と美味しい魚介類を待つファンのために、毎日闘う勇樹さんがいて、隣には不屈の起きあがりこぼし志保さんがいて、二人が何を起こすのか楽しみで仕方ないから、絶対に目を離したくないと、心からそう思う。

それとこれとは別として、どこか悔しいから、わたしはBBQセットを注文する。

今回の生産者さん情報

HPhttps://www.funkawan-marche.com/
Facebookhttps://www.facebook.com/ryujinmaru.222/
ポケットマルシェhttps://poke-m.com/producers/10221
BASEhttps://ryujinmaru.thebase.in/items/30763132

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